直方鉄工協同組合
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直方鉄工協同組合80年史より〔発行:1981年(昭和56年)3月〕
昭和・戦後篇 第二節/エネルギー革命
3.直方鉄工界の転身
 この一連の石炭合理化政策の波の中で、鉱山機械製造を専門にしていた直方鉄工界は空前の危機を迎えました。炭鉱への売掛金の回収不能、受注量の低下、鉱山機械製造から一般産業機器製造へ機種の切替え、それに伴う設備投資、金利負担の増大などの問題が山積したのでした。同時に、企業の合理化、大型化、近代化、協同化などが欠くことのできない条件となりました。そして、直方鉄工界は直方鉄工協同組合を中心として、苦汁に満ちた転身の道を歩みはじめたのでした。

深い傷あと
 この時の危機の深さを物語る資料として、昭和四十一年九月、直方鉄工協同組合、田川鉄工協同組合、飯塚鉄工組合の三者が合同で作製した「炭鉱関連鉄工業の助成策に関する要望書」があります。
 これによりますと、各地区の昭和三十年九月の工場数、その後十年間の倒産を含む閉鎖工場数、昭和四十年末に生きのびていた工場数は、
  直方地区 田川地区 飯塚地区
昭和30年9月の工場数 126 21 22 169
その後10年間に閉鎖した工場数(倒産を含む) 61 15 19 95
昭和40年末生き残った工場数 65 6 3 74
のとおりで、倒産を含む閉鎖工場の割合は実に五十六%に達するという驚くべき数字を示しています。
 閉鎖工場九十五のうち、倒産によるものは五十七工場、三十八年と四十年に自殺者を一名ずつ出すという厳しい状況で、年度別に見ますと、
閉鎖工場の内訳
  直方地区 田川地区 飯塚地区
昭和30年 4 3   7
31年 2 1   3
32年 4     4
33年 3 3   6
34年 3 2   5
35年 4 2   6
36年 12     12
37年 5 2 6 13
38年 5 1 4 10
39年 11   4 15
40年 8 1 5 14
61 15 19 95
となっています。
 倒産工場による被害の合計は九十三件、二億三千万円に達しました。
 また、これらの危機を乗り越えて生き残った七十四工場の機種転換のための設備投資借入金の総額は、十年間に十三億円、毎年の金利負担は一億円という膨大なものでした。

炭鉱関連鉄工業への助成策を求めて
 昭和四十年末、直方鉄工協同組合は、田川鉄工協同組合、飯塚鉄工組合と連帯して、「炭鉱関連鉄工業の助成策に関する要望書」を作製、前記の資料を付して、関係機関ヘの陳情を行ないました。
 要望書は次の様なものでした。
要  望  書
 石炭産業の急速な衰退によって、炭鉱と直結した筑豊全域にわたる鉄工業界は大きな変動に直面したのである。
 即ち過去において、筑豊炭田の機械化と共に発展してきたという歴史的な経過のもとに、早くより炭鉱機器の産地を形成するに至った。従って、その最盛期にあっては、実に直方鉄工業の如きは、全生産高の九〇%以上を炭鉱機器で占めていた。然し国の石炭合理化政策によって生じた炭鉱の消滅は、直ちに鉄工業界の景気に大きく作用し、従って、石炭産業機器から一般産業機器への転換のための設備近代化による必然的な体質改善という命題を背負い、いまや筑豊の全鉄工業界の前面に横たわった、幾多の困難な諸問題を、どの様に解決してゆくか、その苦悩は深刻を極めている。
 具体的には石炭産業の衰退によって
一、 炭鉱売掛金の回収不能
二、 炭鉱機器より一般産業機器へ機種転換のための拾数億にのぼる多額な設備資金
三、 この多額な設備投資にもかかわらず受註量の激減
 こうした最悪な状態の中で更に北九州地区に於いて発生した連鎖倒産並に粗鋼減産による深刻な影響によって筑豊鉄工業界の前途は全く暗たんたる様相を呈している。
 そこで業界としては次の様な施策の早期完全実施方を、ここに強く要望する。
一、 産炭地域に中核企業の導入を積極的に行なって頂き、これが系列化による生産市場の確立を行なわれたい。
二、 国が石炭産業に対する施策は非常な積極性をもっているが、国の強硬な石炭産業の合理化推進によって、その犠牲の谷間に呻吟する関連中小企業としての筑豊地域鉄工業の振興について、石炭産業や天災地変による諸種の助成策と全く同様に国の責任において無利子、又は低利(最高三分五厘)長期の特別融資を行なわれたい。
  直方鉄工協同組合理事長  弘   貞 利  印
田川鉄工協同組合理事長  森 岡   光  印
飯塚鉄工組合長      田 中 勇 吉  印
 陳情は回を重ね、ねばり強く行なわれました。
 四十八年六月には筑豊鉄工連合会として、次のような陳情が行なわれました。
 昭和四十八年六月三十日
筑豊鉄工連合会
会 長  弘   貞 利  印
飯塚鉄工組合
組合長  木 村 峰 雄  印
田川鉄工組合
代 表  辻 本 純一郎  印
直方鉄工協同組合
理事長  弘   貞 利  印
産炭地中小鉄工業に対する特別助成方のお願いについて
 中小企業安定振興のため、平素より格別のご指導ご支援を賜わり感謝に堪えません。
 さてご高承のとおり、私ども産炭地における中小鉄工業は、石炭産業の急速な衰退に伴ない、厳しい試錬に直面しました。
 最盛時には全生産高の九十%以上をも占めていた炭鉱機器から一般産業機器への転換を図るため、経営体質の改善と新規需要の開拓に血のにじむ努力を重ねてまいりました。そのための設備投資額も十数億円にのぼっております。
 この転換は決して生易しいものではなく、その過程において数次にわたる粗鋼減産や景気後退の影響を受け、企業倒産が相当数にのぼっております。今日に至っても、当時の転換に伴なう投資の重圧が尾を引き、企業経営の円滑化を阻んでいるものが少なくありません。
 私どもは、このような情勢に対処し、別添のとおり、当地中小鉄工業を対象に動向調査を実施しましたが、このままに推移すれば、インフレによる資材の昂騰、人件費の大巾アップ等、厳しい環境の進展につれて、経営破綻にさらされるものの急増が憂慮されるところであります。
 つきましては、産炭地中小鉄工業のおかれている特殊な経緯と環境について深いご理解ご同情を賜わり、国策転換に由来する窮境打開のための特別助成措置を講じて頂きますよう、後記事項について格段のご尽力方をお願い申し上げる次第であります。
 エネルギー政策の転換による苦況に喘ぐ産炭地中小鉄工業に対し、長期低利の特別融資措置を講じ、その安定振興を図られること。
 四十九年一月には、福岡県知事名によって通商産業大臣宛、次のような陳情が行なわれました。
 四八通商第二三二五号
 昭和四十九年一月二十六日
  通商産業大臣  中曽根 康 弘  殿
福岡県知事  亀 井   光
炭鉱関連鉄工業に対する助成について(陳情)
 本県下筑豊地区には、基幹産業である石炭鉱業の発展に伴い直方市を中心に関連産業としての炭鉱機器製造関係企業の集団が形成されてまいりましたが、昭和三十年石炭鉱業合理化臨時措置法の施行以後石炭産業の急速な衰退によって、これらのいわゆる筑豊地区鉄工業は極めて深刻な打撃をうけたのであります。
 特に石炭鉱業合理化の過程において、炭鉱機器の合理化の要請から多額の設備投資を要請された当業界は、その後のエネルギー革命の進展に伴う合理化計画の修正によって、炭鉱依存からの脱却を迫られたため、当然事業内容の転換を余儀なくされ新規受注先の開拓と併行して、転換に必要な設備に再度多額の投資を必要とし、転換途上における不況、ドルショック等の経済変動の影響もあって、苦境のうちに推移してまいりました。
 この間多数の企業が倒産その他によって脱落し、残存した企業も経営体質の著しい悪化のため、経営に苦慮している実情であり、特に、多額の借入金返済と金利負担が経営圧迫の大きな要因となっていることから、業界では経営安定のため長期、低利資金の導入について国の特別な施策が実施されるよう強く期待しております。
 このことについては、昭和四十一年に業界から通商産業省はじめ関係機関に要望書(別添写しのとおり)を提出したところでありますが、その実現をみないまま今日にいたり、現下のきびしい経済情勢下にあって、関係企業の今後の動向が憂慮される次第であります。
 つきましては、筑豊地区鉄工業界が置かれている現状とその要因をご賢察のうえ、特段の助成措置を講ぜられるようご高配をお願いいたします。
要望の内容
一、 石炭および石油対策特別会計から、商工組合中央金庫に源資の一部を預託することによって石炭鉱業合理化のため著しい影響をうけた筑豊地区鉄工業者に対する特別融資を行なうよう措置されたい。
二、 融資規模は概算七億円を必要とする。
三、 融資条件は、最低七年以上の長期資金とし、金利は極力優遇金利とされたい。
 また、四十九年四月五日付で、直方市が福岡県に対して次の様な陳情を行ないました。
炭鉱関連鉄工業に関する助成について(陳情)
 平素より産炭地域の振興につきましては、格別の御援助を賜り厚くお礼申し上げます。
 さて、筑豊地方に散在する鉄工業は大部分が石炭産業とともに発展し、全国でも類をみない炭坑機械器具の集団産地としてその特異性を発揮してきたのでありますが、昭和三十年石炭鉱業合理化臨時措置法の施行以後、石炭産業の急速な衰退によって、本市鉄工業界は極めて深刻な打撃をうけたのであります。
 その過程において、炭鉱機器の産地として多額の設備投資を行ない炭鉱機器を供給してまいりましたが、その後のエネルギー革命の進展に伴う合理化計画の修正によって炭坑依存からの脱却を迫られ、事業内容の転換、つまり一般産業への転換を余儀なくされ、新規受注先の開拓、経営体質の改善、設備の近代化等に全力を傾注してまいりました。しかし、この転換には多額の投資を必要とし転換途上における不況、あるいは予測しえない経済変動の影響もあって、苦境のうちに推移してまいりました。この間、多くの企業が倒産又は脱落し、残存した企業も体質の著しい悪化のため、経営が苦慮しているのが実情であります。又、多額の借入金返済と金利負担が経営の大きな阻害要因となり、経営安定の道を遠くしているといっても過言ではありません。
 県におかれましては、関係機関に対しまして長期、低利の資金導入について特別な施策が実施されるよう強く要請していただき、現下のきびしい経済情勢の中で本市鉄工業界の今後の動向が憂慮される今日、業界が置かれている現状とその要因をご賢察賜り、助成措置が一日も早く講ぜられますようご高配をお願いいたします。
要望の内容
一、 産炭地域振興臨時交付金、閉山地区中小商工業者対策調整額交付要領等を、本市業界にも適用されるよう措置されたい。
二、 融資条件は、最低七年以上の長期資金とし、金利は極力優遇金利とされたい。
昭和四十九年四月五日
直方市長  川 原 勝 麿  印
福岡県知事  亀 井   光  殿
 それは、長く苦しい、転換のための闘いの月日でした。
 そして、産炭地域振興臨時交付金、閉山地区中小商工業者対策調整額交付要領などの適用がきまり、旧炭鉱関連特別融資のうち直方鉄工協同組合関係の分は四億五千万円を越えるなど、運動は一定の成果をあげていきました。
 直方鉄工界は少しずつ転身を続けていきました。

炭鉱機器から一般産業機器へ
 いま、組合の総会議事録から、転身の足どりをひろってみましょう。
 昭和三十年の直方鉄工協同組合通常総会における事業計画審議の過程で、一組合員から、「国会に石炭合理化法案が提出されようとして居り、中小炭鉱の買上等が行なわれる模様ですが、本組合員の、我々中小企業者の浮沈にかかわる問題と思われますので、この面に対して充分研究し対策を立てられては如何ですか」との問題提起がなされています。
 また、昭和三十三年の組合通常総会で、石橋清一理事長は、「吾業界も炭鉱依存度が高すぎる為、先年来より、しばしば産業機械への切替が叫ばれました結果、現在では三〇%位の機種切替がなされていると思いますが、なおかつ炭界の好、不況に影響される所大なるものがありますので、何等かの打開策を講じねばなりません」と報告しました。
 また、三十四年の通常総会でも、この件について石橋理事長が、「組合業者も必要的にすでに炭鉱機器から国鉄、製鉄、化学方面への機種へ、着々転換することに努力されている様であります」と述べました。
 また、三十五年の通常総会では、理事長西尾善恵氏が説明に立ち、「金融の斡旋につきましては、手形の期日が長期になった事、および従来の炭鉱関係よりもむしろ一般産業関係の手形が増加して居る現状に鑑み、手形枠拡大を経理委員長と共に金融機関に懇請いたしましたところ、大体倍額の枠拡大に成功しました」と述べ、産業機械への転身が進んでいる情況をうかがわせました。
 さらに、三十七年の通常総会で西尾理事長は、「現在の直方鉄工界の現状よりして、設備近代化と技術の向上が喫緊の問題と考えますので、此等の点に関して特別の措置を早急に講ぜられるように、市長、市議会に陳情、請願したいと考えます」と述べ、体質改善の必要性を強調しました。
 また、「直方鉄工65年史(中西)草稿」は、転換の進行状況について、「去る昭和三十四年六月現在の組合の生産統計によると、全生産量のうち、
  一、炭鉱機器     五八%
  二、一般産業機械   三二%
  三、その他      一一%
 であり、その後石炭産業の斜陽化、落日化に伴って炭鉱機械の受注は年ごとに減少し、業者は否応なしに『方向転換』を迫られて、炭鉱機械から一般産業機械へと切替え、五年経過の今日では、
  一、一般産業機械   六七%
  二、炭鉱機械     二四%
  三、その他       九%
と、大きく変率した。
 その生産品は、印刷機。油圧プレス。軽、重量型鋼建築並びにパイプハウス。真空ポンプ。バルブコック。ベルト・コンベヤー。減速機。増速機。国鉄車輌箱及び制輪子。シルジン、燐、高鉛、マンガン、アルミ各種青銅。ミーハーナイトメタル。遠心脱水機。水道用遠心力鋳鉄管。ウインチ。多段式ポンプ。サンドポンプ。浮游選鉱機。ミーリングクィック。チェンジチャック。ゴルドコジックチャック。ミーリングカッターアーバー。マイクロボーリングヘッダー。フルバックカッターアーバー。アダブダ。乳酸菌用自動瓶詰打栓機。道路標識鋲などである。
 まことに多種多岐に亘っているが、これ等の新製品の生産工場は、その施設整備に於て、又工作機械の精密高度化に於て、驚くべき進歩、改善をみせ、往時の炭鉱機械生産一本建ての時代の比でなく、正に『隔世の感』がある」と記し、その成果を強調しています。
 また、福岡県が「炭鉱関連鉄工業に関する助成について」昭和四十九年一月通商産業大臣に陳情した際の説明文には、炭鉱離れの進行を示す次のような資料がみられます。
筑豊地区鉄工業(旧炭鉱機器工場)74企業の年度別売上高と炭鉱依存度の推移
年度 年間売上高(千円) うち炭鉱向け(千円) 比率(%)
30 783,696 658,196 84.0
31 1,095,458 966,660 88.2
32 1,896,561 1,417,454 74.7
33 1,635,635 1,156,060 70.7
34 1,825,597 1,145,024 62.7
35 2,134,117 1,196,445 56.1
36 2,957,212 1,202,288 40.7
37 2,893,306 701,013 24.2
38 2,391,545 591,108 24.7
39 3,613,317 527,875 14.6
40 2,797,747 464,258 16.6

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