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昭和37年移転当時の工場外観 |
このたび、「組合創立100周年記念事業特別委員会」が「記念誌」の資料収集をされるにあたり、亡父内藤研一が書き残した「内藤鍛造所のルーツ」を参考資料として気軽に掲出し、一組合員として協力出来たと安堵しておりましたが、それを「ある町工場の立志伝」として取り上げていただき、心より感謝しております。
ところが掲載にあたり、今も健在の母が自分の事が記載されてるのに難色を示しておりました。又私も組合の理事長という立場を考えると心穏やかではありませんでしたが、委員会の再三にわたる要請により承諾をいたしました。
普段は口数の少ない父でしたが、お酒が入るとよく喋り、私たち子供に昔の事を話してくれましたが、その事柄を父自身が文章にしたのが、「内藤鍛造所のルーツ」です。
明治55年9月より1年に4回程度発刊してしました内藤鍛造所の社内報「ふれあい」に2年〜3年かけて、当事社長の父が投稿したものです。(この社内報は、世界・日本の醸成、会社内の出来事、お知らせ、レクリェーション、社員からの投稿記事などで埋まっておりました。)
父は、日記を若い頃より書いていましたので、数字・月日は比較的勘違いは少ないと思いますが、諸氏のご芳名や文章のテ・ニ・オ・ハに間違いがあるかも知れません。故人の文章を尊重して原文のまま掲載をお願いいたしましたので、どうかご容赦下さいますようお願い致します。
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